« すすまないしごと | Accueil | ラスト・スパート »

28/03/2005

はじめの一歩

050327今夜いつものように夕食を食べながらTBSの世界遺産を見た。今夜はベルリン。実は私が二十歳のときの初めてのヨーロッパ旅行はここベルリンから始まった。行く前は何の思い入れもなかったこの場所だけれど、今はこうして私のヨーロッパでのはじめの一歩として深く記憶に残る街になっている。
1989年2月、この頃まだ東西に分裂を強いられていたベルリン。私たちは今はなきアンカレッジ経由でフランクフルトへ到着。そこから西ベルリンへ。飛行機でだったかバスだったか、それは覚えていないのだけれど、夜遅く、ほぼ24時間かけて到着したその街の寂れた雰囲気に私はけっこうショックを覚えていた。お腹が減ったけど、ドイツ・マルクもまだ手元になく、夜の11時ごろだっただろうか・・・私は友人と二人勇気をふりしぼって街へ繰り出した。ホテルのフロントではもう両替は出来ないと言われ、24時間両替が出来るという近所の郵便局へ向かった。迷子になりながら、ようやくたどり着いた郵便局、小さな窓口だけ、それも鉄格子の向こうにいるおじさんと言葉を交わしてようやく現金をゲット。そのとき初めて発した英語以外の外国語、ドイツ語で「ダンケ・シェーン」と微笑むと、鉄格子の向こうでも微笑みながらおじさんは「ビッテ」と言ってくれた。なんかそれまでのドキドキがほわ~っととけていったのを今でもよく覚えている。
ホテルへの帰り道に見つけたマクドナルドへ入ったとき、それまでの陰気くさい湿っぽい冬の夜から一転、蛍光灯でこうこうと明るい店内には、信じられないくらい数の背の高い兄ちゃん、姉ちゃんがいた。それもパンクの・・・。ちょっと怖かった。ここでは「ハンバーガー」という言葉が通じず、あきらめて「フィッシュバーガー」にしたこととか、翌日も誰も歩いていないような大通り、夕食に困って料理のサンプル写真の貼ってあるステーキハウスに入り、血のしたたるステーキを泣きそうな気分で食べたこととか、う~ん懐かしいなあ。まあ誰にでもこんなはじめの一歩があって、その後経験をつんでいくものだ。
西ベルリンから東ベルリンへ入ったときの入国審査の重々しい雰囲気、ひときわ目立っていたテレビ塔・・・そうだ!テレビに写っているのは、東ベルリンのペルガモン博物館で見た、ペルガモンの大祭壇だ!東ではこの博物館を中心に西ではIBAの建築住宅群やこの街で最も印象深かった場所の一つ、壁の博物館を訪ねた。もちろん壁の外である西から中にある東を眺める場所では銃を構えてにらみをきかせている兵士達・・・、戦争という未体験の記憶を強く動かされた街でもあった。もう二度と行くことはないだろう街だけれど、私の大切な旅の記憶の表紙を飾っているベルリン・・・。この旅の数ヵ月後、悪しき歴史の象徴であったベルリンの壁は崩壊した。

|

« すすまないしごと | Accueil | ラスト・スパート »